ためになる!?ぶつだんやさんコラム

2019年11月22日

かけがえのない遺産

  • お仏壇と墓石の太田屋
  • 太田博久(代表取締役)
紅葉

自分が死んでいく姿を見せたい。

この言葉をいきなり目にすると、少々刺激的かもしれません。これは、昨年亡くなられた樹木希林さんが常々話していたことだと、お子様の内田也哉子さんがインタビューで語っていました。也哉子さんは「そんなことを言われても…」との戸惑いもあったようですが、いざその場になったとき「ああ、母はこういうことを伝えるためにこだわっていたんだ」と腑に落ちたそうです。也哉子さんやご家族がどのように「腑に落ちた」のかは、私には定かではありません。でも、私は私なりに実感を伴って理解できる気がします。

子ども達がまだ幼い頃、私も希林さんと似たようなことを思い、妻にペットを飼おうと提案したことがあります。それは、将来ペットが死ぬ姿に子ども達を触れさせたいと思ったからでした。(まだ自分の死を見せるわけにはいきませんので。)ですが、その理由は妻の逆鱗に触れ「そんな考え方は理解できない!」と即刻却下されました。仕事柄、常に頭のどこかで死について考えながら暮らしている自分の特殊性を感じた瞬間でした。

ずいぶん前に、地元放送局と弊社が共同実施した元薬師寺管長・故高田好胤さんの講演会での話を父から聞かされたことがあります。父の心に最も印象に残ったのは「親が子に、孫に遺せる最大の遺産は何か。それはお金でもなく、名誉でも地位でもない、死だ!」とのお話だったそうです。

自分にとってかけがえのない大切な存在の死。遺された方々がどんな「遺産」を受け取るのかは、きっと人それぞれで異なるでしょう。でも、誰もが何らかの「かけがえのない遺産」を受け取ることは間違いないはずです。ただ、それは也哉子さんが言うように、「その場」になって経験しないと決して「腑に落ちない」ものなのかもしれません。