ためになる!?ぶつだんやさんコラム

2021年5月3日

お墓参りとグリーフワーク

  • お仏壇と墓石の太田屋
  • 太田博久(代表取締役)
諏訪湖 立石公園

「いま諏訪に来ているから、これから会えない?」

学生時代の友人から、そう電話がありました。彼は諏訪の実家を離れ、もう10年以上前から長野市に家を建て家族と暮らしています。昨年お父様を亡くし、諏訪の実家は空き家になっています。定期的に諏訪に来て、実家の様子見とお父様が眠るお墓の掃除とお参りをしているとのことでした。

私に対して特別な用事があったわけではなく、なんとなく話がしたかったようで、お1人になられたお母様を長野市に引取りお兄様と2人で世話をしていること、最近の仕事のことなど、久しぶりにお互いの近況報告といった話をしていました。

すると、彼がスマホを取り出し、ある写真を見せてくれました。それは、実家のお墓の横に立つご長男の写真でした。それも1枚ではなく、ご長男の成長の姿を感じ取れる4~5枚の写真でした。

「以前は先祖のお墓参りが大切だということを伝える意味もあって、いつも長野市から息子を連れて来ていたんだよね。だけど最近は、時間が合わないこともあるけれど、なんだか1人で来て、1人で掃除をして、諏訪湖を見下ろしながら、お墓にしばらく1人で居る…なぜか、そうしたくなるんだよ…。」

彼のそんな話を聞いて、やはり彼の中の「お父様の存在」がそうさせているのだろうと思いました。

お墓参り グリーフワーク

彼にとって息子さんを連れて来ていた時期のお墓は、きっと漠然とした先祖を祀るお墓だったのでしょう。それが、お父様を亡くし、お墓がお父様が眠る場所となった時、彼にとっての実家のお墓は、無意識なのかもしれませんが、自然とお父様と会い、お父様に語りかけるような「リアルな場所」として心の中に位置づけられたのではないかと感じます。

彼にとっては1人で来る実家のお墓参りが、死別の痛みや悲しみを時間をかけて受入れ、亡きお父様を生前とは別の存在として体に刻み込んでいくプロセス「グリーフワーク」となっているのでしょう。だからこそ、今は以前のように息子さんと一緒にではなく1人で来たくなり、その話を私にしたくなったのではないか…私には、そう感じられました。