ためになる!?ぶつだんやさんコラム
2021年2月26日
『封神演義』に登場する仏教の仏様
- 株式会社ぶつだんのもり
- もくりんくん
中国の怪奇小説『封神演義(ほうしんえんぎ)』をご存知でしょうか。
その内容を原作から日本人に受け入れられやすいように改変した漫画も大変ヒットして、アニメ化もされていました。
その封神演義には後に仏教の仏様となる仙人が複数登場するのでご紹介したいと思います。
封神演義とは
まず、封神演義という小説とはどんな内容のものなのか。
とっても簡単に要約しますと、数多の仙人達や超人的な能力をもった人間をそれぞれ、何らかの神様として封印するという物語です。
主人公の姜子牙(きょうしが){太公望(たいこうぼう)という通り名もある道士}が師匠の元始天尊(げんしてんそん){道教の最高神}に命じられ、数々の仙人や道士を封神していくのです。
仙人にも人間出身の「闡教(せんきょう)」と、動物や植物、森羅万象が由来のいわゆる妖怪出身の「截教(せっきょう)」があり、それぞれの対立や国の争いなどもあり、そう簡単には封神できないのを智略や宝貝(ぱおぺえ)という仙人が扱えるすごい能力をもった道具を駆使して封神していくという物語です。
基本的には道教の神様として封じられるのですが、中には後に仏道の菩薩や如来等になるもの達がいるのです。
慈航道人(じこうどうじん)
慈航道人は人間出身の仙人や道士の住む聖なる山、崑崙山(こんろんさん)の「崑崙十二大師」の1人です。
崑崙の教主である元始天尊の直弟子で、普陀山(ふださん)に洞府を構える仙人です。
普陀山は中国の浙江省(せっこうしょう)に実在する、中国四大仏教名山の一つで、実際に観音菩薩が祀られています。
そうです。慈航道人は後に観音菩薩となる仙人なのです。
作中では三面六臂(さんめんろっぴ =3つの顔と6本の手)の、まるで明王のような化身の姿に変身したりもします。
また、使用する宝貝は「珠」「瓶」「索」と、なんだか仏像の持物っぽいものばかりです。
文殊広法天尊(もんじゅこうほうてんそん)
そうです。後に文殊菩薩となる仙人です。
文殊広法天尊も崑崙十二大師の1人で、姜子牙の手助けをします。
文殊広法天尊は物語中、虯首仙(きょうしゅせん)という截教の道士と戦い勝利します。
元が妖怪である虯首仙は敗れた際に原身を暴かれてしまいますが、その姿は青毛の獅子で、以降文殊広法天尊は虯首仙を乗り物とするのです。
仏教の文殊菩薩の姿は青い獅子に乗ってますが、封神演義ではこの戦いでその青毛の獅子を獲得した事になっているのです。
普賢真人(ふげんしんじん)
普賢真人も名前を聞いただけでその後が普賢菩薩であると分かりますね。
普賢真人も上記2人と同じく崑崙十二大師の1人です。
普賢真人も物語中に、勝利した元が妖怪の截教の道士の原身を暴いて乗り物としています。
それは霊牙仙(れいがせん)という道士で、その正体は白い象です。
封神演義では、仏教の普賢菩薩が乗っている白い象がこの霊牙仙(れいがせん)という事なのです。
その他の仏教に関係があると思われる登場人物
燃灯道人(ねんとうどうじん)
闡教の仙人。仏教では燃燈仏(ねんとうぶつ)という如来で釈迦が悟りを開く以前から存在する過去仏と言われています。
毘蘆仙(びるせん)
截教の仙人。仏教では毘盧遮那如来(びるしゃなにょらい)。蓮華蔵世界という宇宙全体を司る仏様です。
多宝道人(たほうどうじん)
截教の仙人。仏教では多宝如来(たほうにょらい)。釈迦より前に悟りを開いた仏様と言われています。
準提道人(じゅんていどうじん)
作中ですでに西方の教主で仏教門徒。仏教では准胝観音(じゅんでいかんのん)。日本の真言宗では観音菩薩の変化身とされていますが、インドやチベットでは准胝仏母とされています。
接引道人(せついんどうじん)
仏教の阿弥陀如来(あみだにょらい)がモデルで、作中でも準提道人と同じく西方教主で仏教門徒。この接引道人や準提道人は封神演義の物語中で、西方に縁があるものを仏道にスカウトしていきます。
孔雀明王(くじゃくみょうおう)
作中でも孔雀明王として準提道人と一緒に登場します。仏教では明王でありながら憤怒相ではなく穏やかな表情で、煩悩や苦痛を取り除く功徳があるとされています。
馬元(ばげん)
人を食らうことから仏教の夜叉(やしゃ)かと思われます。文殊広法天尊に殺されかけたところを西方に縁があるということで準提道人に連れて行かれました。
韋護(いご)
後に仏教の韋駄天(いだてん)となります。韋護が持っている宝貝の「降魔杵(ごうましょ)」はそのまま仏教での金剛杵(こんごうしょ)の別名にもなっています。
上記に挙げたもの以外にも恐らく仏教に関するものはいるかと思います。
このような感じで封神演義は実際の神仏をモデルにしている想像力豊かな小説であり、もとから神仏であったものや後に神仏となるものなどが入り乱れ、戦いを経て道教の神と仏法の菩薩や如来等に収まっていくのです。
小説の封神演義や漫画化された封神演義を登場人物達が後の神仏だと思って読んでみても面白いかもしれません。